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『ただいま!』
昨日深夜羽田に帰ってきました。
長距離移動はやっぱり疲れるっす・・・。飛行機の中ではリリコが珍しくぐずり通しで一睡も出来ないばかりか、あやし続けなければ泣き出すような状況で、参った参った。
あんまりぐったりしたので家までタクシー乗っちゃいました。


千歳空港。
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2006/01/06 12:13 出産 | トラックバック(0) | コメント(0) | TOP
『出産! 名前』
退院前夜に彼女の名前、決定。

Lyrico

リリコ

です。
2005/05/23 11:27 出産 | トラックバック(0) | コメント(0) | TOP
『出産! 5/12~5/17 入院生活』
ここの病院は即、母子同室であるのでもう授乳とオムツ換えをきっちりとこなさなければならない。生まれた赤ちゃんは何日か飲まず食わずで大丈夫なのだが、乳を順調に出す為にとにかく何度も乳首を吸わせるのである。
目標は完全母乳で一応、出産前に乳腺開通に成功してぽたぽた垂れる程度には出ていたので、多分飲んでくれてるんだと思うけど、よく判らない。
オムツ換えのほうは胎便が出ている時期で、この粘度のあるウンチはふき取るのがかなり大変だ。まだ要領を得ないのでオムツに足をつっこまれ地獄絵図に(汗)。

VFSH0004.jpg


我が子(名前はまだきまってない!)は、すっごくよく寝る!
3、4時間は続けて寝てくれるのだ。
分娩時のダメージが軽症だった私は寝込むこともなかった。
同室の人たちはそうではないのでやることが無く、暇である。
意味も無く、産前部屋に入院してる入院友達を訪ねたりして過ごす。

5/15、我が子の体重が折り返したことを知らされる。
折り返したというのは、、新生児は出生すると羊水でふやけていた分などで一割ほど体重が減るのだ。その減少がストップし体重が増え始めたということだ。
嬉しい。乳を非常に良く飲むので当然なのかな。

乳が良く出るのはいいんだけど、どうも乳腺炎くさい。パンパンに張ってカチカチになり、デビルレディの乳のようである。担当助産士さんに見てもらうとやっぱりそのとおり。油モノ甘いモノ禁止の食事制限を言い渡される。もっともっと飲んでくれるようになればいいのだが。


2005/05/23 06:38 出産 | トラックバック(0) | コメント(0) | TOP
『出産! 5/11 分娩台にあがってから』
分娩台にあがると、どこからともなく大勢の(5、6人?しかも全員美人)の助産士さんが現れて、足のカバーをかけたりと私にてきぱきと処置をしていった。

「どの姿勢がいいですか?」

私はバースプランで横向きか四つんばい出産を希望していたのだ。だが、今はそのどちらもぴんとこない感じ。
(仰向けの)このままでお願いします、と言う。
旦那サマは私の頭の左あたりに座っている模様。

そうしている間にも陣痛がやってくる。
「いきみたかったらいきんでいいですよ。陣痛にあわせて。」

へ?いきみたい、ってどういうこと??

よく分からないけどやってみる。すると、陣痛に乗って何かぜんぜん違う力、ものを押し出す力が勝手に湧きあがってきた。

「そう、上手いですよ!」とか、乗せられつつ3回目くらいに力を入れたとき、「赤ちゃんの入ってる袋を破りますね」との声、ややしばらくして温かい液体がどばっとかけられたような気がした。

「もう赤ちゃんの頭が見えていますよ」
頭が通過した?ような感じがしたと思ったら、次の瞬間には
我が子の全身が登場していた。

あっという間の出来事に呆然としていると、「赤ちゃんをみてあげて」という(だれだか分からず)声。あたりまえだけど、紛れも無い赤ちゃんが血まみれで私の足もとで泣いている。まだ呆然としつつも彼女に分娩台の上で「ウェルカム、トゥ、アワ、ファミリー!」と挨拶する。みんな笑っている。スタッフの皆さんに「ありがとうございました」とお礼をいう。


「すごいな、ほぼ無傷ですよ。初産じゃ珍しいですよ」

・・・切らなかった!ほんとですか?(嬉)

おなかをぎゅっと押されて胎盤が出て、そのあとあちこち消毒したり、かすり傷を少々縫合して産後の処置が終わった。

しばらくして赤ちゃんが戻ってくると私の胸の上に乗せられた。そうか、カンガルーケアかあ。
赤ちゃんに手を乗せる。とても温かくて小さくて生きている。初めて、あー私のおなかから出て来たんだ、と実感する。母乳を飲ませようとしてみるがうまくいかない。

分娩室が大混雑なので部屋を移動してほしい、と申し訳なさそうに助産士さんが伝えに来て、私と旦那サマと小さな新家族はベッドで回復室に移動した。

そこでもう一度母乳を飲ませてみると、上手く飲んでくれるではないか。母親になった、なんて自覚はまだ全然ないけれど、悪くない疲労感と私のおなかの中から出てきた小さな幸せにどっぷりと浸って満足だった。

旦那サマもまだ多分呆然としながら、我が子の出現を噛み締めているみたいだ。分娩中、腰を押してくれる彼に罵声を浴びせつづけたワタクシ。握ってくれてる手を「さわんないで!」振り解いたワタクシ。どっかにかいてあった立会い出産の状況をきっちり再現してしまった。

深夜1時過ぎ、歩いて病棟に戻る。四人部屋のため旦那サマにはここで帰ってもらわなければならない。気の毒だが仕方ない。エレベータ前で助産士さんに初のスリーショットを撮って頂く。

旦那サマ、荷物の移動の後名残惜しそうに帰宅。
2005/05/20 16:17 出産 | トラックバック(0) | コメント(0) | TOP
『出産! 5/11 分娩台にあがるまで』
午前2時前分娩室に移動。希望どおりの和室タイプの部屋になる。が、喜ぶ余裕もない。広さは20畳くらい、一見それとはわからない感じの分娩台に、ソファー、4畳の畳スペースがある。

すぐに診察。子宮口はまだ1cmしか開いていない。陣痛の波はもうかなり激しく、腰を旦那サマに押してもらっても無言で耐え切るのが難しい。いったいどうなっているのだ。痛みがこれ以上増すのかという恐怖で体がすくむ。

それから数時間4分間隔の陣痛を乗り切る。この辺、あまり記憶がない。分娩台の周りを四つんばいで歩き回っていたこと、陣痛を和らげる為に湯船に浸かったをなんとなく覚えている。丸2日殆ど寝ていないため、四つんばいで歩きながら、時折ガクッと眠りに落ち頭をぶつけたりしていたらしい。旦那サマは私の後をずっと追いかけてくれていたそうだ。

午前11時頃、疲労が激しい為鎮静剤の投与をして陣痛を止め睡眠をとることになった。非常に嬉しかった。このまま続いていたらきっとおかしくなっていたに違いない。
筋注で薬を入れて私はすぐに眠ってしまった。

気がつくと、ソファに寝ている旦那サマが見えた。私は床につっぷして眠っていたようだ。3時間ほど寝ていたらしい。気分はかなり持ち直している。

また陣痛が始まった。再び四つんばいで分娩台の周りをぐるぐるまわる。波が押し寄せるともう呼吸だけでは逃がせないので・・叫ぶ。恥ずかしいとか、照れくさいとか、考える余裕は無かった。叫ばなければ壊れてしまいそうな感じ。

もう無理です帝王切開にしてください、とか、麻酔を打ってください、とか、ほぼみんな言うらしいけど、もちろん私も言った。かるーく流されたけど。

立ち会ってくれている旦那サマは助産士さんに時折「休憩に行ってくれば」と言われ素直に一時間ほどいなくなる。この状況で冷静に休めるのはすごい。さすが修羅場をくぐってるだけあるわあ、と、ぼんやりした頭で考える。

夕方四時頃、担当医が来てなにやら、すご~~く痛いことをしていった・・。産道を広げた?!らしいが、この時点で子宮口4cm。少しずつだが開いてきている。

最初の破水と共に出血。

午後八時すぎ担当医が診察。子宮口は9.5cmになっていた。

「分娩台にあがりましょう」助産士さんに声をかけられる。
「後どれくらいで産まれます?」
「うーん、一時間半くらいかなあ。」
「え~、まだそんなにかかるの??」
書くと普通の会話だけど、実際はへろへろである。

2005/05/19 23:22 出産 | トラックバック(0) | コメント(0) | TOP
『出産! 5/10 続き』
猫のげろを片付けてから、担当助産士さんに電話をするが不在、
電話に出てくださった方から

「立ち止まってしゃがみこむくらいの痛み」

になってから病院に来てくれといわれる。そうでないとまだ前駆陣痛の
可能性があるらしい。

実家に行くと一番下の妹がおり、私のことを非常に心配していた。
「ほらほら、ずーっとこの間隔で陣痛来てるんよ」
父からも電話が入り、「お願いだからさっさと入院してくれ」
との大合唱である。
だってまだ行っちゃいけないらしいんだもの。

再び自宅に戻り、入院セットの最終点検をし、家中に掃除機をかけ床を水拭き。冷蔵庫の中の腐れそうなものは廃棄、残りは後ほど実家に移動してもらうことにする。

昼になって更に痛みが増してくるが、まだ我慢できないほどではない。でもこれくらい痛かったらしゃがみこんでもいいか、と感じたのでタクシーを呼ぶ。
五分でタクシー到着。入院セットと分娩用糧食のゼリー飲料などでかなり重くなったバッグをかかえ、乗り込む。妹が心配そうな顔で見送ってくれた。

病院に着き、入院の手続きをしてから分娩室のフロアへ。どうやら今日は産気づいた妊婦で陣痛室も分娩室もいっぱいのようだ。
担当助産士さんが来てくれ、NSTをとるがまだ陣痛としては弱すぎるらしい。というわけで、まだひっ迫した状況でない私は一旦病棟へ。以前切迫早産で入院した階である。16時に旦那サマ到着。

お帰りなさい状態で迎えてくれた入院仲間の顔を見てなんとなくほっとするが前回の安静入院と違って今回は大仕事が待っている。陣痛にあわせて旦那サマに腰を押してもらいつつ、夕食はきっちり食べて消灯時間。その頃から陣痛がだんだん強くなり、陣痛逃がしの呼吸が他の方の迷惑になっていないか気になってなかなかきちんとできない。
消灯を過ぎて、陣痛室に移動する。

5/10の陣痛ログ。携帯に保存しておいた。

0852
0909
0917小
0932
0949
0956小
1003大
1010大
1018小
1032
1043小
1053
1108
1120
1126小
1139
1147
1200
1208小
1215
1232
1253
1301
1307小
1312
1321
1340
1352
1403
2005/05/19 00:59 出産 | トラックバック(0) | コメント(0) | TOP
『退院しました』
あっというまに退院。

出産はいい意味でも悪い意味でも

「想定の範囲外」

であった。

楽な方法もあるんだろうけど、
すてきなスタッフの皆様にも恵まれ
自然分娩で産んで本当に良かった。

非常に照れくさいが、ほんとにほんとに、幸せいっぱい♪
これから楽しい子育てに突入!

・・・だといいが。

抜けてる日付分は後ほどあっぷ予定。
2005/05/17 18:18 出産 | トラックバック(0) | コメント(0) | TOP
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